気づけば、AIが生活にかなり入り込んできましたね。

文章を書くのも、情報を調べるのも、アイデアを出すのも、
以前より圧倒的にスムーズになったなと感じます。

僕自身も普通に使っています。
思考の整理だったり、発信の下書きだったり。

正直、かなり優秀なツールだなと思います。

ただ、そんな中でふと思うことがあるんです。

「じゃあ、人はこれから何を磨いていけばいいんだろう?」って。

AIって、かなり正解に近いものをすぐ出してくれますよね。

知識も整理されてるし、モヤモヤを的確に言語化してくれる、
さらにその先の提案までしてくれる。

でも、身体に関わる仕事をしていると、はっきり分かることがあります。

それは____

身体って____

正解の情報を知っただけ”では変わらない。

ということを。

例えば、正しい姿勢とか、歩き方。

これって、調べればいくらでも出てきますし、
AIに聞けば、かなり分かりやすく教えてくれます。

でも実際の現場では、

「分かってるけど、できないんです」
「頭では理解してるんですけど、変わらなくて…」

これ、すっごく多いです。

なんでかというと、

身体が変わっていくプロセスって、
“理解” よりも “体験” の方が圧倒的に重要だからだと思うんです。

例えば、

自分の呼吸が浅いことに気づけるか。
無意識に力んでいることに気づけるか。
ちょっと頑張りすぎてるな、って感じ取れるか。

こういう自分の感覚って、検索しても出てこないんですよね。

誰かに教えてもらうこともできるけど、
最後はやっぱり、自分で感じ取るしかない。

これからAIがどんどん進化していくと、
外側の情報や刺激は、もっと増えていきます。

その一方で、

内側の感覚って、鈍りやすくなると思うんです。

答えがすぐ手に入る環境だからこそ、
自分で感じる前に、答えを求めてしまう。

そのために、これからの時代に必要なのは、

「感じ取る力」なんじゃないかなと。

正しいかどうか、じゃなくて、
自分の身体がどう感じているか。

楽なのか、無理しているのか。
心地いいのか、違和感があるのか。

その小さな変化に気づけるかどうか。

AIは、本当に優秀な道具です。

でも、最後に判断するのは人間だし、
身体を動かすのも、自分自身です。

AIは答えをくれる。
でも、身体の答えは、自分の中にしかない。

便利になっていく時代の中で、

どこまでをAIに任せるのか。

どこからを自分の感覚で捉えるのか。

そのバランスが、これからの時代の“質”を決めていく気がしています。

脇田達也